海外で生活をしたことがある人なら皆思うだろう「母国のこと何もわかってない」と。異国の知人に日本の文化について質問を浴びる度、自分に失望する。チリ人の友人に「日本人って、ご飯を食べる前に手を合わせて”いただきます”っていうの?なんで?」そんな彼の質問にあたふたしてしまい、うまく答えられなかった。今まで、当たり前に行っていたことが、彼らには通常ではないのだ。日本に一時帰国した私は、日本の文化の探求しに浅草へと向かった。
世界中から観光客が集まる浅草寺を抜けると、突然、自転車で移動する人や犬の散歩をしている地元民が行き交うエリアに変わる。
人通りが少なくなった角を曲がると、静かに佇む”茶室 ryokan asakusa”があった。”旅館”と名が付いた宿泊施設は、Google マップを照らし合わせながら位置を確認しないと通り過ぎてしまいそうなほど、シンプルな外観だ。
一段下がった敷地に一歩踏み入れると、街にいるという感覚を忘れさせるような静けさがあった。庭園を抜けると「いらっしゃいませ」とスタッフの久遠さんが出迎えてくれた。
「ゲストの名前をファーストネームを伺って、我が家のようにリラックスしてもられる空間をつくっています。私たちは、一期一会の精神を大切にしているんです。茶室 ryokan asakusaを選んでいただいた感謝の気持ちを”おせっかいサービス”で歓迎しています。」
奥浅草と呼ばれるこのエリアは、隠れた名店が並ぶ。
「私も含めて、スタッフの多くはこのエリアに住んでいる人が多いので、住み慣れた私たちだからこそオススメできるスポットを提案しています。外国からのお客様がたくさんいらっしゃるので、滞在中のスケジュールも一緒に考えていますよ。」
近隣のマップと一緒にプレゼントしている茶室 ryokan asakusaのコンセプトブック。旅館での過ごし方や日本のマナーなど、日本文化の基礎を伝えている。
「まず、足を洗うことで日常と非日常の境界線を感じてもらいます。至る所に”結界”を感じてもらえるような工夫をしているんです。表の路地からちょっとしたお庭、入り口で足洗うのも結界。日常からの切り替えをしてもらいたいという気持ちです。」
日本といえば、清潔。という言葉を連想する人も多くいるだろう。土足で上がる西洋文化とは異なり、多くのアジアでは靴を脱ぐ習慣。「昔から、日本家屋が清潔に保たれているのは、このような風習があるからなんですよね。ヒノキのアロマも入れているので、リラックス効果もありますし、お客さんはとっても喜んでくれますよ。」
ネーミングとグラフィックデザインを担当したのは”変なホテル”の立役者として知られる、北川一成さん。「一期一会が表現されたオリジナルのアートワークを見ながら、今という時間の大切さを伝えています。」
足湯が終わると、ロゴがデザインされた浴衣と足袋を渡された。「これを身につけながら、浅草の街を歩いて日本文化を感じてもらえると嬉しいですね。」
2階へと進むと薄暗い廊下が続いていた。「館全体は茶室をイメージして設計されています。扉はにじり口をモチーフにしています。」
「この部屋がまさに私たちのコンセプトをイメージした客室(茶室)です。」こじんまりとした室内は、布団を2枚引くといっぱいになるほどのスペースだが、そこに座ると安心する気持ちになった。
手すき和紙、建具などはすべて職人の手によってつくられている。掛花や坪庭など、茶室と同じ内装は、随所に拘りが光る。
「外国の方だと、布団の上で眠るという新しい体験がとっても珍らしく、楽しんでいただけているようです。布団を気に入ってくれて、買って帰る方もいるんですよ。」浴衣の着方や布団の敷き方の案内もあり、初めて日本文化を体験する人にとって良い経験となるだろう。
最上階には、露天風呂のついた客室(お風呂スイート)があり、用途に合わせた宿泊スタイルを楽しむことができる。コンパクトで必要最低限のインテリアは、贅沢な空間の仕上がりになっている。「東京スカイツリーを一望できるこの部屋は、とても人気ですよ。夜になると雰囲気も変わって絶景です。」
東京スカイツリーを眺望できる大浴場は、予約制。個人シャワーの使用も可能。
二間続きの客室(茶室スイート)は、家族やグループの宿泊に最適。「アメリカ人の日本画家、アラン・ウエストさんの日本画があしらわれた襖が印象的。襖や風炉先屏風で1つの部屋を仕切ることで、寝室とリビングとして分けることが出来たり、狭い空間を工夫して使用する日本のミニマリズムを感じてもらえると思います。」
去年の夏にオープンしたばかりの茶室 ryokan asakusa。全世界から訪れるゲストは、口コミで広がっているのだとか。「一人一人のお客様に、丁寧でフレンドリーな対応をすることを大事に、各地に増やしていきたいと思っています。コンパクトなスペースに日本文化のエッセンスを詰め込んで、茶室からイメージする和の世界観をシェアしていきたいと考えています。」アメリカやパリなどの海外進出も検討しているという。
うつくしい日本文化を日本へ、そして海外へと発信している”茶室 ryokan asakusa”。そこには、日本人だからこそ知っておきたい、日本の伝統があった。
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台湾人の友人が私にこう話した。「私が台湾の良さを知ったのは、海外で生活をしてから。それまで、台湾をこんなに愛してるなんて気付かなかったの」
連休になると、多くの人が刺激を求めて未知なる世界へ飛び立つ。しかし、海外に向かう前に一旦考えてみて欲しい。自分のルーツである日本をどれほど理解しているのかを。
新たな発見は、意外と側にあるものだ。そんな発見に気付けるほどの心の余裕を持っていたいと思う。