フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルトの人生と彼の作品を巡るドキュメンタリー映画『アアルト』が公開中。
不朽の名作として名高い「スツール60」、アイコン的アイテムといえる「アアルトベース」、そして自然と調和が見事な「ルイ・カレ邸」など優れた有名建築を生み出してきたアアルト。彼が手掛けてきた建築と近代建築の大きな流れを軸に、友人との交流やアイディアを形にしていく過程、妻アイノの早すぎる死など、一人の人間としての“生き様”を描きます。
監督を務めるのは、フィンランドのヘルシンキを拠点に活躍する、ヴィルピ・スータリ氏。“長い間、アルヴァ・アアルトの映画を撮りたいと考えていた”と語る、ヴィルピ監督に撮影のこだわりやアアルトの妻・アイノへの想いをインタビュー。
■あらすじ■
偉大な建築家・デザイナーである、アルヴァ・アアルトの人生と彼の作品を巡るドキュメンタリー。「幼い頃、アアルトが設計した図書館で過ごし、彼の建築の虜になった」と語るフィンランドの新鋭ヴィルピ・スータリが、アルヴァの最初の妻、アイノとの手紙のやりとり、同世代を生きた建築家や友人たちの証言などを盛り込みながら、
アアルトの知られざる素顔を躍動感溢れるタッチで描き出す。人と環境に優しいデザインで、現代の生活にも溶け込む逸品はどのようにして生まれたのか。
目次
アルヴァ・アアルトの“人間性”に注目
世界各国の建築物を巡る
– 「長い間、アルヴァ・アアルトの映画を撮りたいと考えていた」と伺いました。構成を考える上で、大切にしたことを教えてください。
ヴィルピ監督:「この映画は、非常に複雑な“人間性”という観点で撮影したいと思っていました。彼のプロフェッショナルな面、パーソナルな面を感じる会話を織り込んだり、フィンランドの方々も知らなかった、妻・アイノとの関係性を取り入れています。アルヴァが手掛けてきた近代的な建築物は、世界中の人々がご存じだと思いますが、アアルトの建築は、とても“人間的”な建築物。彼の建築物には、“人間として何が必要なのか?”という建築物をつくる上で大切な考え方がしっかりと息づいています。だからこそ、彼を表現する上で、アカデミックな映画は撮りたくないと思いました。彼の“人間性”こそ、今作の中核となっています」
– 劇中では、実際にアアルトと交流があった人物や親戚の証言、彼が生きていた1920~1970年代当時の街の映像が多く登場しています。
ヴィルピ監督:「“古いもの”を映画にしているので、当時の街や人々の様子を表現する映像は慎重に編集しました。また、アルヴァのご家族や親戚、財団の方々から証言をいただくときも、皆さんから信頼を得られるよう努力しました。1つのこだわりとして、アルヴァの人物像や証言をナレーションでいれるとき、ナレーションしている人や証言する人達の顔を映さないようにしました。語り手の顔が映ってしまうと、どうしてもアカデミックな映画に仕上がってしまう。私が撮りたかったのは、シネマティックな映画。語り手の顔を映さないことで、流れるような、いきいきとした映画を作りたかったんです」
– さまざまな角度から壮大な雰囲気で映し出される、アルヴァの建築物も迫力満点でした!
ヴィルピ監督:「今回は7ヵ国で撮影していて、“美的感覚”の観点からも、世界中にある素晴らしい建築物を観ることができます。カメラやドローンなどさまざまな撮影機器を使用して、建築物の面や形状などを撮影しているのですが、そういった部分も、シネマティックな映画に繋がっていると思います。あと、建築物にまつわるアーカイブも色々入れているんです。その建築物のなかで国際会議が行われている様子や、妻・アイノが撮影した写真などを入れることで、現代的な要素も織り交ぜています」
アルヴァを支えた、最愛の妻・アイノ
夫婦の手紙から読み解く“愛のカタチ”
―妻・アイノの存在も印象的でした。彼女の人生は、1920年代頃の“女性の生き方”としては、かなり革新的だったと思います。
ヴィルピ監督:「私もアイノに対して、とても関心がありました。約100年前に彼女のような女性が存在していたということは、素晴らしいことです。アイノは非常にモダンな女性で、戦争が起きていた時期でも、建築家であり、妻であり、2人の子供の母親でもあり、大工でもありました。そして、「アルテック」のアーティスティックディレクターを経て、CEOにまでなった。アイノは、アルヴァと同じ対等な立場で一緒に働き、そして結婚し、アルヴァにとって非常に大切な存在でした。なので、私はこのアイノという素晴らしい女性にも注目をしたいと思いました。彼女の生き方を知ることは、現代を生きる私たちにとっても重要なことだと思います」
―アイノとアルヴァは性格も価値観も正反対でしたが、お互いを必要としている夫婦でした。
ヴィルピ監督:「アルヴァは非常にチャーミングで、みんなを魅了するような人。一方、アイノは素晴らしい美的感覚を持ちながらも、非常におとなしく、静かな性格でした。アルヴァはアイノの落ち着いた意見、落ち着いた性格を必要としていましたし、アイノもアルヴァを必要としていたと思います。ただ、性格の違いやその他の要因もあり、二人の結婚生活は簡単なものではありませんでした。ただ、劇中でも登場している、アイノとアルヴァがやり取りしていた手紙を見ると、二人は深く愛し合っていたことが分かります。アイノだけは、性格の違いなどについて少し苦しんでいたようですが……。でも、二人の手紙のやり取りを読むと、二人の夫婦としての関係性はやはり素晴らしいものだなと感じます。私の夫もアーティストなので、アルヴァとアイノの夫婦関係に惹かれたのかもしれません」
―愛のある言葉を伝えあったり、時には家に帰ってこないアルヴァにアイノが遠回しに文句を言ったり、2人の手紙には、現代の夫婦と変わらないリアルなやり取りも多くありましたね。
ヴィルピ監督:「アルヴァとアイノは、毎日の生活や仕事のことも書いていましたけど、セクシュアリティのことについても書いているんですよね。生活における広い範囲の内容をやり取りしていたので、関心をもって読むことができました。また、彼らは“モダン”なカップルでもありました。1932年頃に新婚旅行でイタリアに行き、新しいテクノロジーやレコードプレーヤー、車などについて学ぼうとしていたんです。アルヴァは、オールドファッションのレコードを流して、英語も学ぼうとしていました。あと、彼らは正しい人達を友人として選んでいました。建築家や写真家の友人、建築家のサークルなどと親しい関係を築き、すべての面で“モダン”な人間になろうとしていたように思います」
フィンランド・ヘルシンキから、今作のインタビューのために来日したヴィルピ監督。1児の母として子育てに励みながらも、監督業をこなす姿に、“アイノ”のようなアグレッシブルなエネルギーを感じました。
斬新なアイディアと類い希なるセンスで、世界中の建築物を手掛けてきたアルヴァ・アアルト。彼の人間性や生き様を知ることで、より深く建築物の魅力を理解できるかもしれません。
映画『アアルト』は、伏見ミリオン座ほかにて公開中!