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その道のプロに出会ったとき「この人は普段どんな暮らしをしているんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?例えば、世界的ソムリエが誕生日に飲むワインは?名医が通っている病院は?そして、有名建築家はどんな家に住んでいるのだろう……。
北欧デンマークを代表する建築家・家具デザイナー、フィン・ユール氏(1912-1989)。「家具の彫刻家」とも表される彼の作品は、世界中のファンに愛され続けています。そんなフィン・ユール自身は自宅をどのように設計し、どのように過ごしていたのでしょうか?
今回は、NPO法人フィン・ユールアート・ミュージアムクラブが飛騨高山に再現した「フィン・ユール邸」の見学レポートをお届けします。
Finn Juhl フィン・ユール氏と彼の作品とは
まずはデザイナー、フィン・ユール氏について少しだけ説明しますね。
Finn Juhl
1912年生まれの建築家/家具デザイナー。
デンマークの王立芸術アカデミー在学中から最先端の建築家に従事。独立後、従来の形式にとらわれない独自の方向性を確立し、北欧家具の黄金期に活躍した。代表作は「Easy Chair No.45」など。1989年にこの世を去るまでに残した作品は数少ないにも関わらず、惚れこむファンが多いことで知られる。
なんと現在フィン・ユールの作品は、世界各地の美術館で永久コレクションとして収蔵されているそうです!フィン・ユールのことを知らなかった方も、素晴らしい歴史的デザイナーであることが分かっていただけたと思います。
そんなセレブがデザインした自宅はきっとすごい大豪邸で、きらびやかな装飾があるんじゃないでしょうか……。
なぜ飛騨高山にフィン・ユール邸が?
岐阜県高山市松倉町。市街地から離れた静かな場所にフィン・ユール邸は建てられました。
実は、このプロジェクトの発案者は「株式会社キタニ」。飛騨高山の家具メーカーであり、フィン・ユール氏をはじめ、北欧の著名デザイナーと日本で唯一ライセンス契約を結んでいる会社なのです。
スタッフさん曰く、「北欧家具には、道具というだけでは語れない魅力があります。家具に込められた深いストーリーを、北欧の見事な空間ごと見ていただきたい。」そんな想いから、フィン・ユール生誕100周年にあたる2012年に邸宅が完成しました。
ちなみに、実際にフィン・ユール氏が暮らしていたデンマークの自宅は、何度も増改築が繰り返されています。その点、飛騨高山のフィン・ユール邸は、建設当時の彼の邸宅が”ほぼ忠実に”再現されているんです。
いよいよ、敷地のなかへ足を踏み入れてみましょう!
「空間と家具の彫刻家」の住まいとは?
フィン・ユール邸の見学ツアーは完全予約制です。写真撮影も自由、ガイドさんによる説明を聞きながらのんびりとお茶をいただくこともできます。おしゃれな知人の家探訪に行く気分で訪れてみると良いでしょう。
こちらが外観。きらびやかな豪邸……とは言えませんが、日本で言うところの平家で、走り回れるほどの庭があります。デザインもシンプルに見えますが、個人的には真ん中の青い枠のところが気になります。さて玄関はどこでしょう。
ガイドさんと一緒に左側からぐるっとまわり込みます。壁がボコボコとしているのは後から修復しやすくするため。北欧では、古いものを直しながら長く使うというのが基本なんですって。
飛騨高山のフィン・ユール邸は、NPO法人フィン・ユールアート・ミュージアム(非営利団体)によって運用されています。協賛している企業や個人の名前はこちらのボードに。
あっ!という名前が見つけられるかもしれないですよ。
ちょうど真裏にまわってきました。
ガイドさん:「実はこちらが正面玄関です。」
なんとまさか。
土地と建物の方角の関係で、どうしてもこの向きになってしまったそうです。玄関は東側。この「方角」こそがフィンユール邸にとって大切なポイントなのです。
光、色、角度……フィン・ユールの視覚的哲学
フィン・ユール氏のこだわりをさぐるべく、建物中央にある玄関から家のなかへ。つくりつけの青いソファと木のテーブルがありますが、こちらはちょっとしたウェルカムスペースなのでしょうか。
西側の庭に面した大きな窓とドア。このスペースは、最初に気になっていた青い枠の部屋のようです。
玄関から左側は応接室やリビング、仕事場などになっています。
右側は寝室などに続いています。
ガイドさん:「フィン・ユール邸は、部屋と部屋、室外と室内に関連性を持たせた設計が特徴です。また、当時は外観デザインに内装をはめこむのが主流でしたが、彼は”どう暮らしたいか?”という空間の活用を考えています。」
つまりこの部屋は、コモンとパーソナル、または外と家とをつなぐ「中間の部屋」であるということです。どちらの気分でもない時間にソファに座って、のんびり庭を見てコーヒーを飲む……そんな日常があっても良いですよね。
さて。いきなり寝室にお邪魔するのは気が引けるので、まずは左側の応接スペースから見学してみたいと思います。
入ってすぐ。大きな窓と赤いロングベンチのリビングです。
窓の正面には、丸みをおびた独特な形の暖炉。床のレンガの角も丸くカットされています。
奥が書斎スペース。
天井まで到達するつくりつけの本棚。
そして応接スペース。これだけがひとつのフロアに集約されています。
まずは、先ほどから登場するいろいろな形の窓に注目してみます。
実際のフィン・ユール邸が建てられた1940年代、デンマークは戦争のまっただなかでした。そのため、光をさえぎる二重窓であったり、大きく開けられないタイプの窓も再現されています。
一番大きな窓から見える庭。写真ではわかりづらいのですが、建物に向かってだんだんと傾斜がついています。つまり、家が一番低いところにあるんです。
ガイドさん:「こうすることで庭との目線が同じになり一体感が生まれます。フィン・ユール邸は、光や風の取り入れ方まで計算されているのが特徴ですね。」
自然との調和という考え方は、日本の建築技法にも通じるものがあります。飛騨高山の古い町並を見て、北欧と飛騨のものづくりの関連性に気づく方もいるかもしれません。
もうひとつの特徴は、まるでミッフィーの世界のようなカラーリングです。
ガイドさん:「青は空、赤は土、黄色は太陽(光)を表しています。」
ホワイトベースの家のアクセントになっている3つのカラー。それぞれ違う色なのにケンカしてないのは、自然を意識したチョイスだからかもしれませんね。
応接室横の扉をあけると作業スペース。ここで数々の歴史的デザインが生み出されたのでしょうか。さらに奥の白い扉は玄関へと続いています。導線がすばらしいですね。
ガイドさん:「ちょっとここを見てもらえますか?」
指差されたのは足元。
??
ガイドさん:「部屋と部屋の間、ドアの下にある見切り材がちょっと斜めになっているのがわかりますか?」
確かに言われてみれば!
ガイドさん:「こうすることで、向こうに続く部屋がちょっと広く見えるんです。」
聞いたことないテクニックです。どこまで緻密に計算されているのか……さすが家具と建築の彫刻師!