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2018年12月22日(土)〜2019年5月12日(日)まで、豊田市民芸館では企画展「愛蔵こけし」が開催中です。2010年ごろより、第3次ブームがはじまったとされる「こけしブーム」。そのブームは途切れることなく年々加熱しています。
今回は、こけしってそもそもなに?という素朴な疑問から、こけしの楽しみ方、各地域の特徴までたっぷりとご紹介していきます。
豊田市民芸館は、愛知県豊田市平戸橋町、名鉄三河線「平戸橋」駅から徒歩15分の場所にあります。入館料は無料。(ただし、特別展は有料)
「愛蔵こけし」は第2民芸館で開催中です。
入り口に入ると、畳の上に置かれたこけしたちがお出迎えしてくれます。
今回の展覧会では、郷土玩具のコレクターより民芸館に寄贈された、主に昭和40年代に収集された伝統こけしをその系統別に約700点を展示しています。
伝統こけしは、親から子へまた弟子との師弟関係を通してその型が受け継がれ、家系図のようにそのこけしや工人の名が残っていくという特徴があります。こけし好きの方はもちろん、こけしに興味のなかった方も楽しめる展示です。
こけしの発祥と起源
こけしとは、円筒形の胴に丸い頭をつけた木製の人形で、郷土玩具の一つです。東北地方の湯治場みやげとして売られるようになったこけしは、子どもの玩具からやがて大人の鑑賞対象へと変わっていきます。
東北では子どもの手遊び人形として親しまれてきましたが、大正時代には大量生産のおもちゃにおされて一時衰退。1928年(昭和3年)に発行された日本初のこけし専門書『こけし這子(ほうこ)の話』(天江富弥著)をきっかけに、新たに収集家の関心を集めて第一次こけしブームへとつながっていきます。その後、昭和40年代に第2次こけしブーム、そして第3次こけしブームと言われる現在に至ります。昭和40~50年代の第2次こけしブーム世代の愛好家に加えて、若い女性たちもこけしの産地を巡り、こけしを集め、こけしのある生活を楽しんでいます。
「こけし」としての呼称が統一されたのは、1940年(昭和15年)のこと。それまではコゲス・ボコ・コゲスボコ・デゴ・キナキナなど各地方さまざまな方言で呼ばれていました。
仙台張子の「おぼこ」は、こけしの祖型と言われています。
こけしによく似た郷土玩具。熊本の「べんた人形」。
宮城県仙台市の伝統工芸品「堤人形」。顔の描き方には堤人形の影響もあるとされています。
こけしの起源には諸説ありますが、その中の一つが<玩具起源説>です。東北地方でもともとつくられていた土人形や張子人形に着想を得て木地師たちが、身近な木材を使ってつくりはじめたと言われています。同展では、こけしの元となった貴重な人形も資料として展示されています。
伝統こけしとは?
こけしは古くから伝承されてきた「伝統こけし」と、新しいものを取り入れた「創作こけし」「新型こけし」の2つがあります。同展では、系統ごとに分類された「伝統こけし」が展示されています。
こけしをつくる職人は「こけし工人(こうじん)」と呼ばれ、東北地方6県で11系統に分類。胴体のくびれや模様、髪の毛や顔の表情などで見分けることができます。製作年代や工人によっては高値で売買されているものもあるんです。
こけしの楽しみ方
こけしを見る上でチェックしていただきたいのが工人の署名です。こけしの底や背面には工人の署名・産地・系統などが書かれています。もともとは、書かれていませんでしたが、昭和初期に起こった第1次こけしブームの際に、収集家に求められ、書かれるようになったのだそう。
こけしに使われる主な色は赤・緑・黄・墨、一部に紫が使用されています。系統ごと模様もさまざまなので、胴体の柄を確認しながら、このこけしはどこの系統かなとチェックして見るのもおもしろいですよ。
頭頂部にも注目してみてください。こけしの髪型は、江戸時代後期の子どもの髪型に由来しています。当時は成長に合わせて髪型が変化したとされ、幼児期は前髪・鬢(びん)・頭頂・後頭部など一部を残した髪型でした。このことから、さまざまな髪型みられるのもこけしの見どころです。