一人でストラックアウトをしているような私のコミュニケーション能力の低さに絶望している今日この頃。
「で?」で返されるキャッチボールの返投(へんとう)をグローブでキャッチできず、顔面で受け止めることもしばしば。
これは、話術の師匠から学ぶのが手っ取り早いと思い、ふと落語が頭を過った。
寄席と言われても、どこに行けばいいか分からないし、一元様お断り感が否めない。そんなことを落語好きな友人に話すと、初心者でも楽しめる落語が渋谷にある映画館「ユーロスペース(ユーロライブ)」で開催されていることを教えてくれた。
あの映画館のユーロスペースだよね?と頭に浮かぶハテナマークとともに、私と落語通の友人は「渋谷らくご」へ向かった。
渋谷と言えば、日本の“今”のカルチャーシーンをつくり出す街。
最近だと宮下パークがオープンし、90年代〜00年代は109、その少し前はパルコ。時代によって表情を変え、新たな流行を生み出し続けている。
この街には、かつて『渋谷ジァン・ジァン』という小劇場があった。あの美輪明宏を選出した聖地では、落語やシャンソー、お笑いなどさまざまなカルチャーシーンをつくり出していた。最近では、最後の砦だった渋谷東横落語会もなくなり、若者の街から落語が消えようとしている。
そこで一役買ったのが、ユーロスペース。
ユーロスペースは、2014年にイベントを定期的に行うライブホール、ユーロライブを立ち上げた。漫才コンビ「米粒写経」のサンキュータツオさんをキュレーターに招き入れ、毎月第2金曜から5日間、落語を楽しめる「渋谷らくご」を開催。3〜4人の落語のプロ中のプロ“真打ち”と駆け出しの“二つ目”が30分ずつ高座に上がり、トータル2時間ほどの演目は、初心者にオススメなのだとか。
よく通っている映画館だから、気張らずにラフな気持ちで向かった。エレベータでいつも押すボタンは3Fなのだけど、今日は2F。
入り口に向かうと少し列が出来ていた。
順番になるとスタッフの方から「検温、アルコールスプレー、座席は両隣は開け、帰りには自分が座った場所を示したメモを提出して頂きます」と伝えられた。コロナ対策もしっかりとされている。
落語って、古典?
高校の頃の古典の授業って、眠くなっていたよな。貴重な高座(噺)が眠り歌になってしまうのではないか?と友人に不安を問いかけた。
「落語と聞くだけで、難しさが先立ってしまうかもしれないけれど、構成としては至ってシンプルなんだよ」
大きく分けて古典と新作のネタがある。
古典落語とは、噺家が誕生した江戸時代から伝わるネタで、ほとんどが作者不明。基本は書物で残されていて、現代の落語家が高座にかける古典は、200ネタほどある。一方で、新作落語は、大正時代以降に書き下ろされた噺がベースになっている。描写やテーマがより現代的になっており、初心者にも分かりやすい。
基礎知識が入ったところで、会場の合図を知らせる太鼓の音と共に会場へと向かう。
少し早目に着いた私たちは、後方に腰を落とす。ポツポツと人が入っていた。ゆっくり見れそうだなと思った矢先、一瞬にして、会場が埋まった。“寄席は頭が白く、渋谷らくごは頭が黒い”落語家の間でこんな表現もあるらしい。見渡す限り、20代~30代の人が多く、グループやデート、一人で訪れている人など楽しみ方はさまざま。
薄暗くなると早速はじまった。
昔、宮藤官九郎監督の「タイガー&ドラゴン」で見た雰囲気と何かが違う。
それはそう、ここの会場は、一般の寄席とは異なり、映画館のゆったりとした席のつくりになっている。高座以外が薄暗くなるから、演者に向けたスポットライトでより非現実を感じることができる。
最初の演者は、春風亭昇羊さん。
一言目から理解できないものだと、前のめりになって聞く体制を整えた私を良い意味で裏切ってくれた。
いきなりはじまったのは、吉田羊さんが出演されている「恋する母たち」の話。。え?ドラマ?古典じゃないの?「江戸の侍が〜」とはじまると思っていたが、今の女優さんの名前が出てくるとは想像もしていなかった。
私は、マクラという存在を知らなかった。
「落語に入る前の準備運動だよ。マクラは、その日の客の様子を伺う、言わばマーケティングの時間。その日の客の様子を伺いながら、本編の噺をより分かりやすくするという役割があって、話題となっているニュースを盛り込んだり、先輩落語家をいじったり、マクラの内容は人それぞれで、基本は噺の内容と繋がっていたり、時代背景、噺のサゲを分からせるためのことが多いかな」
井戸端会議のような話。何だか友達とお喋りしているような気分になる。
でも、何故だろう。
観客と演者の間に声で生まれる会話はないけど、一方通行な感じが全くない。左右上下へとグルグルと回る演者の目線は、目と目でコミュニケーションを取っているようだ。観客の空気感を読み取っているのが、彼の目線で分かった。
音もなく、パッとその場の雰囲気が変わる。
キリッとした空気が、あたり一面を埋め尽くす。
初心者の私でも、ここから落語がはじまるのだと感じた。
いきなり雰囲気が変わるこの空気は、私の気持ちを一気に高ぶらせた。
待っていました。“侍”の噺。
逃げ延びた侍が、幽霊の女性に翻弄されるという内容の「落武者」。
演者の噺が耳から脳へ情報が流れる。脳内スクリーンに映し出される感覚は、文字からストーリーを読み取る読書ともまた違った感覚だった。
コロナのマクラで、はじまった立川吉笑さん。
先輩落語家との旅のエピソードなどのリアルライフを聴きながら、ちょっと落語の世界が見えたきた気がした私は、少しずつ余裕を感じていた。
ここからが落語ですよの合図のように立川吉笑さんの表情はパッと切り替わった。
“あるもの”が飛沫感染をしていくという新作落語。
これってコロナみたいだな〜と考えていると……
謎が解けた気がした。
マクラと落語って2つで1つなのか?
二本の紐が、一本に繋がり、答えに導かれている気分。落語のおもしろさって、マクラからはじまる噺に落語でオチをつけることなのか!
演目のタイトルが映し出されたスクリーンには、立川吉笑「小人十九」とある。そのタイトルを言葉に出していると“コビト ジュウキュウ”?
もしかして、これはCOVID-19とかけているのか?最後の最後まで唸りが止まらなかった。(※出演者4名のうち、2名の紹介とさせていただいている)
今日の相手の様子を瞬時に読み取り、その空気に合わせオチを踏まえた噺をする。
そんな粋な大人、憧れるなぁ。まだまだ修行が必要。
渋谷らくごは感染症対策として劇場観覧の他にオンライン生配信も実施しているから、この冬は5日間11公演をオンラインで視聴出来る「全公演視聴チケット」を買って、その技を身に付けるぞ!と心に決めて会場を後にした。