何度も訪れたい。五感で癒される「秋野不矩美術館」
目次
日本画家 秋野不矩さんを知る
展示室をご紹介する前に、日本画家 秋野不矩さんについてのお話を。
写真:秋野不矩美術館より拝借
秋野 不矩(あきのふく)
1908年に、ここ浜松市天竜区二俣町に生まれ、19歳で石井林響、次いで西山翠嶂に師事。28歳の時、昭和11年文展鑑査展で選奨を受賞するなど、早くから官展で実績を積み重ねます。戦後まもなく、新しい日本画の創造を目指して「創造美術」の結成に参加。西洋絵画の特徴を取り入れて、新たな作風を確立してきます。54歳でインドの大学の客員教授となり、インドに滞在する中でその土地に魅せられ、インドの風景や人々、寺院などをモチーフに描くようになり、インドだけでなくアフガニスタンやネパール、カンボジア、アフリカにも旅をして作品のアイディアに繋げます。66歳で京都市立芸術大学名誉教授。75歳で天竜市(現 浜松市)名誉市民となり、91歳で文化勲章授賞。2001年に93歳で亡くなるまで、絵筆を取り続けたそうです。
“不矩”という字は雅号。6人のお子様を育てられ、母親としても忙しい日々を送っておりましたが、その中でも時間を見つけて絵を描いたり、教えたりしていたそうで、作品のモチーフは身の回りの女性や子どもが多いのだとか。
日本画でよく描かれる花鳥風月には関心がなく、自身の目で見た等身大の人が織りなす日常を描いており、その泥臭さこそ人間らしさであり、本当の美しさであると考えていたと推測されています。
不矩さんの写真からは、柔らかな優しい笑顔の奥に、凛とした強さが伝わります。作品からもそれは伝わるのですが、実際もそのようなお人柄だったようで、不矩さんのことを悪く言う人はおらず、「おらが街のふくさん!」と嬉しそうに言う地元の方もいるほど、地域の方に愛され、慕われているそうです。
素足で作品を味わう① 籐ゴザの第一展示室
それでは、展示室に入りましょう。
※展示室内は通常撮影禁止です。今回は特別に許可をいただき、撮影させていただきました。
第一展示室です。まず特徴的なのは、籐ゴザの床。
「不矩さんの絵の汚れのなさと土足は似合わない。あの清浄感を味わうには、裸足で鑑賞してもらいたい」と考えた藤森さんは、靴を脱いで鑑賞してもらうという試みをクライアントにプレゼンするのに気を遣ったといいます。おそらく、素足で鑑賞できる美術館は前例がないのではないでしょうか。
そして壁、天井は漆喰塗り。後期の不矩さんの絵にある、「粒子の大きい岩絵の具がサッサッサッと勢いよく引かれている様を一番よく見せることができるのは、白。それもツルピカの白じゃなくて、吸光性のある白、肌ざわりのある白、自然素材の白。それを満たすのは、漆喰と白大理石のふたつしかない。」という藤森氏の言葉が残されています。
作品と一体となった柔らかな光、足触りで、時間を忘れてぼんやりと絵を眺めていたくなります。
ひんやりとして、優しい凹凸のある籐ゴザの足触りが気持ちいい。
穴ぐらのような展示室は天井が低く、作品も低く飾られていますので、座して楽しむのもひとつです。
素足で作品を味わう② 大理石の第二展示室
籐ゴザの敷かれた第一展示室を抜けると、白く、天井の高い明るい空間が開けます。
第二展示室であり、この美術館の主展示室です。天井・壁は漆喰塗りで、床は大理石張り。ツルツルに磨かれたものではなく、石の持つ凹凸が残されて、サラサラとしたマットな質感が、不矩さんの作品にぴったりと合います。
柔らかな中に、凛とした清らかさを感じる空気感。作品を低く飾るのは、不矩さんの特徴で、白い空間に鮮やかな絵が浮いているかのようで、なんというか、座っていると重力感も忘れるようです。これが癒しの根源なのかもしれません。
この展示室は「あの世のような展示室」としても有名なんです。
こんな風に座して、愉しんでみてください。
第二展示室は正方形で、トップライトからの光が中央部に落ちてきます。中央部の大理石がぼんやりと浮き上がり、スポットライトを浴びているよう。
日本画家 秋野不矩さんの作品
秋野不矩美術館では、年に3~4回展示替えが行われ、また特別展や企画展も催されます。今回は、秋野不矩制作の現場からⅡ~女神たちに捧ぐ筆~(2019/6/22~8/4)が開催されていました。女神、女性にフォーカスをあてた初期の作品から晩年の作品までが幅広く出展されており、作品になるまでの素描(デッサン)も併せて展示されていることが特徴です。
初期の頃の作品は、繊細な線・色、写実的な人物画が印象的です。手前は「姉妹」という作品。
「姉妹」の素描。さまざまな角度から幾度となく素描をし、作品をつくり上げる様子がわかります。
こちらは後期の作品で、インドの水と豊穣の女神「ナギニー」を描いています。左が素描。
「インド女性」(左)と「坐す」(右)。色彩は岩絵の具を使用。
描かれるモチーフの表情や雰囲気もさることながら、筆や色遣いが独特で惹き込まれます。
「ウダヤギリⅠ」(左)と「女人群像」(右)
他にもさまざまな作品が展示されています。細かなことはわからずとも、ただ眺めているだけでも心安らぎます。空間も含めて、ぜひゆっくりと鑑賞してください。