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インスタントカレーの“元祖”!名古屋発祥「オリエンタルカレー」の工場へ行ってきました。
オリエンタル坊やのキャラクターのおなじみの「オリエンタルカレー」。 終戦直後の昭和20年から現在まで変わらぬ味で老若男女に愛されている、名古屋が誇る元祖インスタントカレーです。
あまりにもなじみがありすぎて、オリエンタルカレーがどんな歴史を歩んできたのか、またそのこだわりを知らない方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、愛知県稲沢市にある株式会社オリエンタルへお話をうかがいに行ってきました!
それではいってみましょ〜う!
株式会社オリエンタルがあるのは、愛知県稲沢市。オリエンタルの名にふさわしい、南国ムードたっぷりな雰囲気です。
中へ入ると、サンタクロースに変装したオリエンタル坊やがお出迎え。
さっそく、いろいろお話をお聞きしていきたいと思います。今回は、管理本部の星野恭徳さんにご対応していただきました。
だれでも手軽につくれる本格カレーを
最初にオリエンタルの歴史からお聞きしました。
星野さん:「オリエンタルが創業したのは、1913年(大正2年)のことです。当時は、東洋食品という名前で、輸入食品商社を営んでいました。終戦後、何か新たなビジネスはないかと、模索している中で出会ったのが、家庭料理として普及しつつあったカレーです。
しかし当時のカレーといえば、まず小麦粉を油で炒り、カレー粉を加えてルウをつくることからはじめなければならず、とても手間のかかる料理でした。肉と野菜のスープも必要だったので、庶民が家庭で手軽につくれる料理ではなかったんですね。そこに目をつけて、炒めた小麦粉に純カレー粉をあらかじめ加えた粉末状のインスタント・カレーを商品化したのが、『オリエンタル即席カレー』です。」
星野さん:「手間だった工程すべて省き、簡単に調理できる粉末状のカレールーは当時はあんパン1個が5円の時代に、『即席カレー』は5皿分で35円。決して安くはない価格にもかかわらず、どんどん売れていったそうです。また当時はリヤカーでカレーを売り歩いていたと聞いています。」
斬新な宣伝方法で全国各地を巡業
星野さん:「昭和28年に株式会社オリエンタルに法人化すると、斬新な宣伝方法でオリエンタルカレーの名を広めていきます。娯楽のない時代ですから、踊りや大道芸などさまざまな芸人を宣伝カーに乗せ、興行とカレーの試食会を兼ねた斬新な宣伝活動で全国各地を巡りました。」
星野さん:「駅前や団地など人の集まるところに車を停め、大型トラックを改造した宣伝カーの後部には、ステージをつくり、芸人によるコメディーや歌手による歌のステージなどで集まってきた人々を楽しませます。ショーに出ていた芸人たちは正社員として雇っており、最盛期には約40人、宣伝カーは10台ほどが稼働していたようです。
一通り、ショーが終わると『即席カレー』のつくり方を教えて、販売します。こうして、全国各地を巡って即席カレーを販売していきました。」
昭和44年には中村区亀島から工場を現在の場所に移転。当時は社屋に植物園や動物園もあったいうのだから驚きです。
今も人気のオリジナルスプーンは、初期のものにはプレミアムが付くものもあり、若い世代からも再び注目を集めています。
星野さん:「宣伝するにあたり、販促グッズとして配ったのがオリエンタル坊やの顔のついたスプーンです。今までに3,000万本以上配っているので、家庭に1本くらいは今でもあるかもしれません。スプーンを配った背景としては、当時はまだ洋食になじみがなく、スプーンのある家庭が少なかったことも影響していたようです。
また、宣伝カーだけに止まらず、テレビやラジオの提供やCMソングなどの広告宣伝で知名度を上げていきました。ラジオ宣伝用にCMソング『オリエンタルカレーの唄』をつくったところ、大ヒット。日本初の本格的CMソングでもあるんですよ。」