目次
岐阜県大垣市にある「田辺温熱保養所」は、薬草の蒸気と香りが充満した樽内に身を預け、究極のデトックスができる「薬草樽蒸し」を体感可能な全国でも数少ない施設。サウナとは一線を画すけれど、サウナ好きにもぜひ訪れてもらいたい。そんな素敵な場所でした。
大垣生まれの名医の発明品が現代の世に
大垣市の郊外の住宅街に、突如として現れる「田辺温熱保養所」。一見したところでは温浴施設とは分からず、なかに巨大な樽風呂を内包するとは思えないはず。
美しい生け垣や、手入れの行き届いた庭を眺めつつ入口へと向かうと、モダンなデザインののれんが迎えてくれます。
ナチュラルな雰囲気で、とても美しいエントランス。まずは先払いで受付を済ませましょう。事前の予約が必須です。
なにはともあれ、樽風呂を見せてもらうことに。高さ4mの樽はまさに圧巻で、『キテレツ大百科』に登場する航時機のような(?)デザインはインパクト抜群。この樽風呂が男女それぞれの浴室に1基ずつあります。
実際に「薬草樽蒸し」を体験する前にお話をうかがったのは、3代目として施設を切り盛りする女将の田辺恵さん。最近ではご主人の憲司さんもお手伝いされているそうで、ご夫婦で来客をもてなされています。田辺温熱保養所のルーツを訊ねると、「江戸時代にまでさかのぼります」と女将は話してくれました。
延享4年(1747)に大垣で生まれた江馬蘭斎は、もともと漢方医として治療にあたっていました。しかし、自らの義父や妻、長男を亡くしたことで国内の医学に限界を感じ、『解体新書』などで名高い杉田玄白らのもとで蘭学を学び始めます。努力の末、遅咲きながら美濃の西洋医学の先駆者となった蘭斎。当時、民衆を苦しめていた梅毒の研究を進めるなかで、皮膚病治療装置としての樽風呂を発明するのです。
そして、地元の偉人が生んだ樽風呂を原型として温熱保養用の樽風呂を作り、1946年に「田辺温熱保養所」を開業したのが現オーナー夫妻の先代。入浴法や薬草の配合などは、田辺家の家伝・秘伝として継承されているといいます。
「薬草の宝庫」と言われる伊吹山麓で採取された薬草や、女将が畑で無農薬自家栽培にて育てた貴重な薬草十数種類を調合したものを煮立てて蒸気を生成し、樽内を満たしているそう。
エントランスにはハーブを束ねて作られたヴィヒタや、ユーカリのリースなどがセンスよく飾られています。すべて女将の手作りだというから驚き!
薬草の蒸気が充満する樽風呂の中へ!
期待が高まってきたところで、いよいよ「薬草樽蒸し」を体験。脱衣所にも薬草のいい香りが漂っています。はやる気持ちを抑えつつ、まずはかけ湯を。
そして巨大な樽風呂のなかへ身を委ねます。いかんせん初体験のため、なんだかドキドキ。後ろ向きになり、片足を先に入れてから身をかがめるようにして全身を樽風呂のなかに入れます。
定員は基本的に2名で、立ちながら入浴。扉を閉めると、視覚から入る情報を遮断した「無」の世界が広がります。その分、嗅覚が敏感になっているのか薬草の香りを存分に感じ、次第に心安らかに。薬草と聞くと「薬っぽい」「苦い」という言葉を連想しそうですが、筆者としては爽やかで清々しい香りに感じます。この日はローズマリーと抗菌性が高いユーカリなどを配合した薬草の蒸気が樽内を満たしていました。
に!しても暑い!!女将からは「5~7分が限界」と聞いていましたが、普段からサウナに入っている私も1回目の入浴は3分で限界を迎えました。樽風呂内に時計はない(あったとしても見えない)ので、飽くまで体内時計ですが……。
のちのち聞けば樽風呂内の温度は55~58℃ほどだとか。一般的なサウナに置き換えればそれほど高温ではないはず。ですが、湿度が極端に高いため体感的にはかなり暑く感じます。
「田辺温熱保養所」に水風呂はありません。温浴後は浴室内のチェアに腰掛けて、「小休憩」します。
「温まった身体をゆっくり冷ますことで、薬草の成分を徐々に浸透させていくイメージです。煮込み料理と同じですね」という女将の言葉がリフレインし、「あぁ~、おいら今食べごろなんだなぁ~」という他愛のない思考をめぐらせているうちに、意識がどこかへ飛んでいきそう。「水風呂なしで“ととのう”のか?」なんていう疑問はとうに消えています。
この温浴→小休憩という流れを、3度ほど繰り返すのがおすすめの入浴法。水風呂に入るという行程がないのを除けばサウナ好きには、おなじみのルーティンですね。ちなみに2回目以降は慣れてきたのか、少しだけ長い時間樽内に入れました。
女将曰く、繰り返し温浴することにより、次第に不純物の少ない汗に変化するそう。なので、汗は流さずにタオルで拭き取る程度がよいとのこと。
樽風呂を利用するにあたり、ひとつだけルールがあります。誰も樽の中にいないときは、少しだけ入口の扉を開けておくことです。これをしないと、樽の中の温度が極端に上がってしまうのだとか
広々とした畳の部屋で大休憩
風呂からいったん上がった後は、広間に毛布を敷き「大休憩」を行います。春から夏は網戸越しに、庭の美しい緑が目に飛び込んできます。そして吹き込む風が心地よい。凡庸な表現ですが、おじいちゃんおばあちゃんの家に来たような、懐かしい気持ちにもさせられます。
セルフサービスのお茶で一服。火照った身体に敢えて熱い番茶を流し入れるのは、なんとも粋であり、身体もよろこんでいる気がします。館内着の用意はないので、パジャマやリラックスウエアを持参するのがおすすめ。休憩室は男女別に分かれています。
大休憩した後は、再び樽風呂へ。ほとんどのお客さんは弁当を持参し、温浴→小休憩→大休憩→温浴……というルーティンを幾度となく繰り返すそうです。1日かけてゆっくりと身体をととのえる―まさに「保養所」という言葉がぴったりと感じます。(予約状況などの都合により、滞在時間を制限する場合あり。予約時に要確認)
蒸気を集中的にあてる薬草床蒸しを体験
薬草床蒸しも体験させてもらいました。木製ベッドの下で薬草を蒸し、その蒸気を身体の不調を感じる箇所に集中的にあてます。
すると、ものの数分で額にたっぷりの汗が!自分でもびっくりするほどの発汗。樽風呂に入って毛穴が開いた状態で床蒸しすると、より効果的のようです。
今回は腰のあたりに蒸気をあててもらいました。心地よい熱が五臓六腑に染み渡り、全身がぽかぽかする感覚とでも申しましょうか。腰など外部だけでなく、胃腸など身体の内部まですっきりした気がします。90分という長時間じっくりと蒸される、ちょっと特別で心地よい時間を過ごすことができました。
実用性・デザイン性ともに豊かなオリジナルグッズ
田辺温熱保養所で一日中温活にいそしみ、居心地がよくなると離れるのが惜しくなります。こちらの施設を訪れた記念品としても最適な、オリジナルグッズをチェックしましょう。
背面の「蒸」という字の独特なフォントがひときわ目を引く「MUSHI-T」、樽のアイコンが特徴的な「TARU-T」は各3,000円。M〜XLまであります。次に訪れた際にリラックスウエアとして着るのもよさそうです。
英字表記「TANABE ONNETSU HOYOJYO」を省略した「TOH」の文字と、樽風呂のイラストがクールな「TOWEL ver.2022」(1,500円)はやや大判で心地よい肌触り。
幅48cm✕高さ40cmと大きめのトートバッグも、デザイン性豊かで実用的。これらオリジナルグッズは、オーナー夫妻のご長男がデザインされているのだとか。
「温浴」との向き合い方を考えさせてくれる
田辺温熱保養所
さて、既にピンと来ているサウナマニアもいるかもしれませんが、2019年2月に開業して以来、全国のサウナ好きから絶大な支持を集めているサウナ施設「かるまる池袋」にも、樽風呂が存在します。何を隠そう、この樽風呂は田辺温熱保養所の協力のもと作られたもの。
その樽風呂の原型が大垣にあると聞きつけたサウナ好きも、最近は多く訪れるようになったそう。昨今のサウナブームによって、新たな層のお客が来てくれるようになったことは、よろこばしいことだと女将は話してくれました。
しかし、一般的なサウナとは異なる点として「田辺温熱保養所」には「医療」という源流があります。薬草樽蒸しが医療行為ではないことを前置きしなくてはなりませんが、「体調が優れないときや心に悩みを抱えているとき―『田辺温熱』のことを思い出していただけたら」と女将は語ります。
一日中ゆっくり過ごして、自分の身体とじっくり向き合う―。「温活」という言葉が流行している昨今ですが、「温める」とはなにか、「温浴文化」とはなにか。いろいろ考えさせてくれる、究極の温活施設が田辺温熱保養所です。