いなべ市の藤原岳の麓にある「フライベッカーサヤ」。ドイツで3年間の修業を重ね、ドイツパン職人の国家資格をもつオーナーが営むパン屋です。
お店を訪ねると緑豊かな眺めのよいロケーション。近くでニワトリの鳴き声も聞こえ、のどかな風景が広がっていました。週3日の営業のうち平日は地元の方、休日には遠方からもお客様が足を運び、みんなから愛されているお店。実はフライベッカーサヤは2011年に名古屋市内にオープンしましたが、2019年にいなべ市に移転して以前よりアップデートされたパン屋なのです!
今回はフライベッカーサヤのオーナーである、寺園紗也さん(以下:紗也さん)からドイツパンとの運命的な出会いや厳しい修行時代、紗也さんのパンへの想いをうかがいました。
※2022年9月取材時の情報です。
目次
名古屋からいなべ市へ!
パンに対する想いの変化
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左が紗也さん。右は紗也さんの夫、風さん。
名古屋市からいなべ市にリニューアルオープンしたきっかけは、夫の風さん(※)が先にいなべ市に移住して農園を営んでいたことでした。結婚当初は名古屋市といなべ市を往復しながら、週の半分はパン屋を営む生活を2年ほどしていたのだとか。第二子出産のタイミングで紗也さんも移住したのです。
– いなべ市に移住したことで、パンに対する考え方に変化はありましたか?
紗也さん:「名古屋の時は、「私が学んだドイツパンをお店で表現します!」というスタンスでした。例えばサンドイッチなら、このパンにはこのハム・きゅうり・トマトがスタンダード、という完璧なバランスで作っていました。でも風さんがそれを見て、「なんで冬にきゅうりなの?冬なら大根だよね!」と言われたんです。そうすれば私の完璧と思うパンが違うものになるなぁ……と、当初感じました。しかしいなべ市に来て、風さんが作る旬の野菜を食べる日常が豊かだな~という感覚が芽生えました。」
– 風さんの作った野菜が日常で食べられるなんて幸せですね!
紗也さん:「名古屋ではパン屋で生きていこう!って思っていました。けどこちらに来たら、移り変わる四季の景色を見たり旬の食材を食べたり、草木染めをしてみたり。季節に寄り添いながら自然と共に暮らしている実感がわいて、私は幸せだな~っと感じましたね。」
-その幸せであるという暮らしが、ドイツパンにも表現されているのですね!
※寺園風さん:松風カンパニーの代表。いなべ市で八風農園を営んでいます。
ドイツパンとの出会い
罵声もあびた3年間の修行と帰国後
ドイツでパン職人を名乗るには、国家資格が必要。マイスター制度といって、職人になるためにパン屋に弟子入りをし、マイスターのもとで3年間修行をします。修行中はお給料も少しもらえる上に職業訓練校にも通わせてもらい、すべてお世話してもらえるシステムなのだとか。
衝撃の出会いは語学留学中
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店内のメニュー表はすべてドイツ語!
– そもそもなぜドイツだったのですか?
紗也さん:「もともとお菓子作りが好きでした。外国のお菓子のレシピが読めたらいいな〜と思ってフランスかドイツで悩んだ末、大学進学の時にドイツ語を選択しました。在学中に1年間の語学留学を経験したときにドイツパンの美味しさに出会ったのです。」
– どのようなパンを食べたのですか?
紗也さん:「実はわたし、お酒が好きで(笑)。 ビールもよく飲みましたが、ドイツは白ワインも有名なんです。 それがきっかけで辛口や赤ワインにもハマっちゃって。 最後には、ライ麦の茶色い酸っぱいパンと無塩バターと赤ワイン。「私はこれだけあれば満足!」と感じる最高の組み合わせに出会って帰国しました。」
– 日本ではなく、なぜドイツで職人に?
紗也さん:「帰国後は在学中に関東圏のさまざまなパン屋を巡ったのですが、現地で食べた味がなかなか見つかりませんでした。見つけてもパン1つ買うのに交通費1万円ほどかけての距離で。「どうして誰も作らないんだろう?」と疑問を抱き調べているうちに、日本人の女性がドイツでパン修行をしているブログを見つけたんです。その時にマイスター制度を知りました。1年間のドイツ生活は、国の風土が肌に合っていたと感じていたし、食に携わって生きていきたい想いが強まりましたね。」
運命的なパン屋との出会い
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世界でDas Freibackhausとフライベッカーサヤの2店舗しかない、紗也さんが衝撃を受けたパン。
紗也さんは修行先を見つけるべく再びドイツを訪ね、約2週間にわたり南から北までパン屋巡りの旅をしました。そして最終的にたどり着いたのがドイツの最北端にある小さな町のパン屋「Das Freibackhaus(ダス フライバックハウス)」。 お店の雰囲気も可愛らしく、さらにこの店で食べたパンは、今まで食べたことがないぐらい美味しかったのだそう。この出会いによって紗也さんの修行先が決まったのです。
当時、パンを作ったこともない紗也さん。しかし帰国後すぐに履歴書を書き、思いがけず早く契約書が届いたのだとか。吸い寄せられるように3年間の修行に突入したのです。
トントン拍子で職人の道へ進んだけど……
– 3年間の修業はどうでしたか?ドイツのパン職人さんは屈強なイメージがあります。
紗也さん:「職人の方々は、体も声もすごく大きくて(笑)。ドイツ語はカタコトですが生きてはいけるレベルでした。でも方言が強くて、何を言っているのかがわからなくて。罵声もしばしばあって、もし意味がわかっていたらたぶん1ヶ月ほどで帰国していたでしょうね(笑)。でもパンは職人の世界。言葉がわからなくても、単語や体を使って見よう見まねで理解していました。」
– 資格を得たあとにパン屋さんをはじめたのですか?
紗也さん:「実は、あと1、2年修行すれば全体が把握できると感じての帰国でした。職人の世界は、3年間ではどうにもならないと感じましたね。その後はパンのイベントで通訳として働いたり、パン屋の裏の様子を知るために3ヶ月ほどタダ働きしたりしました。就職してもお酒やワインの勉強もしましたね。最終的にはドイツパンの食べ方を提案していくワンデイシェフとして働いたあと、名古屋でパン屋をオープンさせるに至りました。」
フライベッカーサヤのこだわりポイント
目指すは八風農園の素材100%
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店内では八風農園の野菜も購入できます。
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サンドイッチにはさんである蜂蜜は、四日市で養蜂を営んでいるお知り合いの方のものを使用。
現在、パンの原料であるライ麦や古代小麦は八風農園産。さらに今後はレーズンやイチジクなどのフルーツ、落花生なども八風農園産にしていくことも目標です。
実は当初紗也さんは、それは厳しいのではないか?と感じていたそう。しかし夫の風さんが紗也さんの作ったパンを見て、「この原料は作ってみたい!」と言い、実際作りあげていく姿を目の当たりにしたのだとか。
「100%の可能性は秘めているけど、少しずつできることからですね。三重県産の原料など近隣で作られているものでドイツパンがある食卓ができれば、とても豊かだと感じますね。」と、想いを語ってくれました。
香ばしさの秘密は、作る分だけ原麦を石臼で挽くこと
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丸い部分に石臼が入っています。
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こちらから収穫された原麦を粉にしていきます。
フライベッカーサヤでは八風農園で収穫された原麦をその日焼く分だけ石臼で挽き、粉にしています。これは修行先であるDas Freibackhausのこだわりでもあったのだとか。「挽きたては香りが香ばしくて風味が違います。日本でいうと蕎麦に似ている感覚ですね。」と紗也さん。
麦を収穫して乾燥させ、品質の良いパンにするために挽きたてを使う。その過程を自分たちでできることが幸せなのだなと、パンを通じて感じました。
外装・内装はジブリの世界観
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外装のイメージは『魔女の宅急便』にでてくるグーチョキパー店。設計士の友人がドイツらしさを取り入れてくれたのだとか。
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紗也さんが大好きなロケーションをウッドデッキに。春・秋は風を感じながらパンを食べられます。
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店内はパンの香ばしくて甘い香りと、気持ちが穏やかになるBGMが流れています。
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こちらは2階のお席。
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授乳室もあり、細やかな配慮がうかがえます。
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レジの後ろにもパンが並んでいました。サイズ感はドイツ仕様、パンの名前もドイツ語!まるでドイツに来たような雰囲気が漂います。
アレンジの幅が無限!
素材の味が引き立つドイツパン
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ドイツはパンが主食。シンプルだからこそアレンジの幅が広がります。
フライベッカーサヤは、紗也さんがドイツで美味しい!と感動したパンが、日々20種類並びます。イートインはもちろん、お家でも楽しめるようにInstagramには、パンのアレンジ方法やオススメレシピも載っています。紗也さんとのお話の中で出てきたパンをわたしも実食してみました。
シンプルなのに飽きのこない「ロッゲンブロート」
紗也さんがドイツで感激した組み合わせが再現されている、ロッゲンブロートのサンドイッチ。具材はきゅうりとバターのみ。シンプルだけど美味しい、納得の味です!
フルーツの甘味が引き立つ「アプフェルブロート」
Das Freibackhausとフライベッカーサヤ、世界で2店舗しかないドイツパン!八風農園の古代小麦100%、具材はドライアップルとレーズンが練り込まれていて、そのまま食べても焼いても美味しい甘いパンです。
ドイツではメジャーのパン「カイザーゼンメル」
ドイツでは主食として朝ごはんに食べられているパン。チーズや野菜を挟んでサンドイッチにしたりスープにつけて食べたりと、アレンジがきくのだそう。
農夫のパンという意味「バウアルン」「メアコルンバウアルン」
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本場のドイツでも購入したパンは紙に包んでくれるのだとか。環境にも優しい配慮です。
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こちらはメアコルンバウアルン。「メア」はいっぱい、「コルン」はつぶつぶという意味。
バウアルンにたっぷりと穀物が練り込まれている「メアコルバウアルン」。焼いて食べると、麦の香りと食感が楽しめます。店内にはバウアルンをサンドイッチにしているメニューもありました。具材は、粒マスタード・生ハム・カマンベールチーズ。赤ワインがすすみました!
かわいい形だけど職人技が光る「プレッツェル」
プレーンとチーズの2種類があります。そのまま食べるとほんのりと甘みを感じるパン。トースターで焼くと香ばしさも加わり、バターとの相性が抜群でした!店内にはプレッツェルをサンドイッチにしてくれるメニューもあります。
ドイツパンを通して、
日常が豊かになってもらえたら
– パン職人として、これからの願望はありますか?
紗也さん:「ドイツパンのある日常や美味しい食べ方をもっと広めていきたいと考えています。ドイツパンは日本ではまだ固くて酸っぱいというイメージがあると思うんですよ。だから最近はドイツパンや文化の講座や、わたしが興味のある人を招いてコラボ企画をしてみたり。少しでも興味をもってくれるきっかけになればいいなと思っています。」
– 最近Instagramを見て、インドカレーとドイツパンのモーニングのコラボに興味がわきました!
紗也さん:「そうそう(笑)。私たちが食べたいからお呼びしました。今後はお客様に来てもらうだけではなくて、ドイツパンを知ってもらうためにもっと外に出て発信していきたいです。それにお酒も販売したいなって考えています!今はその準備段階ですね。」
フライベッカーサヤのパンは、口の中に入れると麦の香りが広がり、さまざまな穀物の食感が楽しめます。野菜がはさんであるサンドは水々しく、生地に練り込まれているフルーツは芳醇な甘み。ひとつのドイツパンに、原材料からの作り手の想いがしっかりつまっているストーリーを感じました。
特別な日はもちろん、日常の何気ない暮らしの中にフライベッカーサヤのパンを取り入れてみてはいかがでしょうか。心も体も環境にも優しいドイツパンが、五感に心地よい刺激を与えてくれますよ。