【代表インタビュー】お客様からの『ありがとう』が集まる森住建の家族が幸せになる家づくり

2018.10.5
森住建

森住建は、お客様第一主義で9年連続西濃地域注文住宅着工棟数No.1の工務店。「100人いたら100通りの幸せが育つ家」をコンセプトにゼロから一緒に考え創り上げる注文住宅を提案しています。完成後のOB様とのお付き合いも大切に考え、定期訪問だけでなく、感謝祭やサンタイベントなど交流イベントを開催しています。

そんな地域に密着し、お客様に寄り添い続ける森住建。誕生秘話やどのような思いで家づくりをし、お客様と関わっているのか、代表取締役の森浩幸さんにお話を伺ってきました。

 

 

自衛隊員として働きながらの大学生活、就職を期に岐阜へ。

 

森社長

代表取締役の森浩幸さん


–まずはじめに、森社長の経歴からお伺いしました。


森社長:「高校を卒業後、陸上自衛隊に所属して働きながら、夜学で京都の立命館大学へ通っていました。自衛隊の任務期間は大学と同じ4年でしたが、このまま大学を卒業して就職をしたら、自分の自由な時間がなくなってしまうと感じました。

 

そこで、僕は大学の単位を2単位だけ残して、1年間留年することにしたんです。この1年間は自分の時間、大学生活を謳歌しようと思ったわけです。それまでは寮生活でしたので、一人暮らしをしながらバイト三昧。週一日だけ大学へ通うといった生活をしていました。

 

自衛隊
自衛隊に所属していた当時の森社長(写真左側)


森社長:「大学を卒業後は、岐阜に戻ってきて電気設備の資材会社へ就職をしました。25歳のときに今の妻と結婚することになったのですが、看護師をしていた妻の方が給料がいいんですよね。当時の僕の上司の給料をみると、営業課長で28〜9万円だったので、これでは5、6年経っても妻の給料を抜けない!と思って焦りましたね(笑)。

 

そんなとき、ある岐阜の社長さんに出会って「お前、給料いくら欲しいんだ!」って言われたんです。これくらい欲しいと言ったら「じゃあやるから、うちで働け!」と言われて、その会社にお世話になることになりました。

 

「僕はなにをしましょうか」って聞いたら、「お前、給料これだけ欲しいんだろ?ならそのためには何したらいい?」って言われたんですね。そこで僕は、自分の欲しいだけの給料をもらうためには、営業しかないなと思い、営業をすることにしました。」

 

 

バブルの崩壊で会社が倒産。夢破れ、故郷に。

 


森社長:「社長に、「今の営業先は俺らがつくってきたものだから、お前がやるなら新しいところ開拓しろ」って言われ、新規開拓するために、飛び込みでも何んでもしました。それから1年くらいして「森くん、商売は面白いだろ!商売やるなら東京だぞっ」て言われて、建築物の壁に穴を空ける会社を東京で設立することにしたんです。

 

会社を立ち上げ5年ほど東京にいましたが、バブルの崩壊とともに、不渡りを2回出して倒産してしまいました。そのときの教訓があったので、建築業界では珍しいのですが森住建をはじめてからは、一度も手形をやっていません。

 

会社がダメになったのが30歳のときです。長女が小学校に上がる前の年でもあったので、岐阜に戻って来ました。借金も1,500万円くらいあったので、何しようかな?と考えていたんですが、見つからないまま3人目が生まれたんですね(笑)。そのときに大工をやっていた父から、暇してるなら大工を手伝えって言われ、遊んでるわけにもいかないので次の仕事が見つかるまでのつなぎとしてはじめたのが、最初のきっかけでした。

 

当初は、見つかるまでって思っていたのですが、数カ月やると、家づくりっておもしろいことに気づいたんです。これを一生の仕事にしていきたいなと思うようになり、本格的にこの仕事をはじめることになりました。」

 

30歳からスタートした大工の道。


大工時代
大工をはじめた当時。


–ものづくりの面白さを感じた森社長は「家族を大切にできるような家づくりがしたい」。そんな想いから大工となることを決意します。

 


森代表:「ただ30歳から大工っていうのは、高校卒業してはじめた同い年の職人と比べても十何年経験の差があるわけです。その中で僕は30歳を過ぎてから覚えたので、仲良い大工はいいけど、そうじゃない大工は「あいつはにわか大工だ」とかいうわけですよ。普通の人の倍くらいのスピードで仕事を覚えて、技術も習得して、早いピッチでやったけど、腕の悪い人ほど、僕のことをにわか大工だと言いました。

 

実際一つ上の先輩はその時点で14、5年やっていて、でも僕はたかが数年。その事実は変わらないわけです。これではずっと、にわか大工って言われるな。この業界は技術の世界でもあるし、噂の世界でもあるので、「あいつはいい腕だ」とか「あいつはだめだ」とかね。事実を知ってる人は一緒に仕事した人だけ。でも話をして伝わる人は、何倍にも広がってく。これじゃあ自分は上には上がれんなと思ったんです。

 

また、大工がお客様の顔を見ないまま家をつくっていく慣習にも疑問を感じていました。本当にいい家をつくるためには、お客様の顔をみて、家づくりをすることだと思っていたのでお客様のことをよく知り、「この人たちのために最高の家をつくってあげたい」そんな想いから2002年38歳のときに森住建を創業しました。」

 

 

お客様の顔が見える家づくりがしたい!2002年森住建を創業。

 

チラシ


森社長:「森住建を立ち上げて、最初にしたのがチラシでの集客です。「家族の住みよい住まいお手伝いします」と書いたチラシ2万部を新聞折り込みにしました。ところが誰からも仕事の依頼は来ませんでしたね。それどころか、親父に「大工がこんな恥ずかしいことよくしやがったな、大工の恥や!地元の恥や!大工は腕がよければ仕事はくるんだ!」と言われ大喧嘩になりましたよ。

 

確かにその通りなんですね。それでも、「にわか大工」といつまで経っても言われる僕は、自分で仕事をやるしかなかったんです。最初のチラシは結局惨敗でしたが、チラシで失敗をしてたことをきっかけに変わりはじめました。

 

経営を学びだすようになって、その中のチラシ作成セミナーに参加したんです。そこで言われたのが、

 

「大工ってノミ何種類あります?」

「細いのから太いのまで7、8種類ありますよ。」

「なんでそんなに種類があるんですか?」

「それは用途によって変えるんですよ。」

 

「それはチラシも一緒ですよ。チラシもターゲットにしたいお客様によってチラシを変えていく必要があります。今回の失敗したチラシで響く人もいれば、そうでない人たちもいるわけです。どんな人たちに来て欲しいのか?そのためにはどんなチラシを打てばいいのか考えてみてください。」と言われて、チラシもさまざまな工夫をするようになりました。」

 

 

お父さんと出かけるときはポスティングの日。

 

チラシ
当時5歳だった娘さん(次女)が描いた森社長の似顔絵


森社長:「セミナーで言われたことを活かして、チラシを改善していくと、少しずつ仕事の依頼がきはじめるようになってきたんです。「森住建ってどんな会社だろう」「なかなかおもしろい会社」だなってまずは知ってもらうのが大切だと思っていたので、チラシは毎月必ずだしていましたね。

 

下請けの仕事をしながら、お昼休みになると周辺近所にポスティングをしたりもしました。休みの日には、子供たちにも手伝ってもらって、お父さんと出かけるときはポスティングの日。モーニング行こうかと子供たちを誘ってポスティングして、結局配り終わるとお昼になって、家で食べようか、なんてことをしながら地道に集客をしました。

 

次第に少しずつ仕事も入ってくるようになって、下請けの仕事も徐々に減らし3年目からは、一切下請けをやらなくなりました。」

 

 

創業から3年目、本格的に新築事業へ。

 

森代表


–創業から3年目。森住建は本格的に新築事業に着手することになります。


森社長:「創業から3年目には本格的に新築事業に切り替えました。チラシで集客をして、完成見学会を開催したんです。今から15年ほど前は工務店やハウスメーカーが完成見学会を開催することは、とてもめずらしいことでした。全国的にはやってるとこはありましたが、岐阜ではなかったので、森住建が初めてだと思います。

 

周りからは「そんなの上手くいかない」って言われましたが、都心ではすでに実績があったので僕には確信がありました。当時は今みたいにSNSも発達していなかったので、情報格差がすごくあり、勉強したもん勝ちだったんです。お金はありませんでしたが、セミナーに足を運んでは情報を吸収したり、教えてもらいながら完成見学会を開くことで、着実に集客ができるようになっていきました。」

 

 

忘れられないお客様からの言葉。

 

森代表


–こうして着実にファンを増やしていった森住建ですが、お客様に言われた忘れられない言葉があると言います。


森社長:「森住建では「心ある仕事がしたい」という想いから、看板や野立て看板にも「心」という字を使っているんですが、一棟目のお客様から「あの心という字に騙された」って言われたことがあったんです。

それがもうショックでね。大工としてはプロだけど家づくりをはじめた当時の僕には、業者を取りまとめる力がなかったんです。

業者の仕事はそれぞれが責任を持ってやって当たり前だと思っていたので、「大丈夫?」と聞いて「大丈夫です」と言われればその言葉を信用していました。検査する決まりもなかったので、その辺がまだ甘かったんですね。配線がぐちゃぐちゃだったり、水漏れがあったり。そこから直して、直して、最後にはよろこんでいただけたのでよかったのですが、途中の騙されたって言葉が本当に響きました。」

 

業者会

 

森社長:「お客様からの一言をきっかけに、森住建では、関わる職人さんを100人以上集めてお客様の満足度を高める研修を必ず行うようにしています。なぜそれをやっているかというと、僕は1棟目のそのお客様から言われた言葉がすごく悔しくて、そういう想いを2度とお客様にさせないために、「ちゃんとした家を、ちゃんとつくりましょう。工務店としても、業者さんとしても、各々の仕事を各自がきちんと責任を持って仕事やりましょうよ」ってことを伝えていくようにしています。」

 

着工式


森代表:「親方はわかっているけど、社員や孫請けまではなかなか浸透していかないんですよね。それでもできる限り職人さんを連れてきてくださいねと言って、極力来ていただくようにしています。「心という字に騙された、社長に騙された、森住建に騙された。」そんな言葉は2度ともらわないようにしましょうって。だから、お客様の満足度を高める研修もするし、社員研修もする。いくら社長がいいものつくろうといっても、社員に浸透しなきゃわからない。今では、社員も50人を超えて、社員が真剣に取り組まないといい家はつくれません。そのお客様がいい意味でも悪い意味でも僕の心に残っていて、会社の幹になっていますね。」

 

 

家を売るのではなく、想いを建てる。

 

森住建


森社長:「僕たちは家を売るのが商売ではありません。僕らはお客様と、どんな生活がしたいのかとことん話し合って、子供部屋はこう、リビングはこうっていうのを聞いて間取りをつくっていきます。性格によっても違うし、趣味が違えば子供に習わせたいことも違う。それによって家づくりも違ってきます。

 

お客様の想いを聞いて、理想の家をつくっていきます。そのために僕は森住建をつくったと思っているから、僕ができなくても社員に分かって欲しい。自分の想いを1年に1回しか言わなくて、伝わるとは思ってないので、毎朝の朝礼で、社長ってこういうこと思ってる。こう家づくりをしたいんだっていうのを社員に、とことん伝えていくようにしています。

 

こんな家をつくってあげたいなってところから、徐々に人が増えて10棟、20棟、今では年間50棟を建てるまでになりました。その中でもまだまだ不十分だなって思うことがあるし、もっとお客様に寄り添っていけるところもあると思っています。この仕事に終わりはありません。今の自分たちの不足を認めながらも、今の家よりももっとお客様に寄り添って、いい家をつくっていけるようにしていきたいですね。」

 

 

積極的な地域交流やOB様感謝祭の開催。

 

感謝祭
毎年1000人以上が訪れる餅まきの様子


–森住建では、年間を通してさまざまなイベントを企画。地域の方、お客様とのつながりをとても大切にしています。


森社長:「お客様感謝祭は、本社ができた5年目からやっています。はじめてから16年経ちますが、ずっときてくださるお客様もいるんです。毎年楽しみにしてくださっているお客様の声を聞くと、これは絶対にやめたらだめだなって思っていますね。

春には近所の人に来ていただく目的で「餅まき&菓子まき」を行います。足場を建てて、6mくらいの高さから「今からまきまーす」というと、1000人くらいスーパーの方から人がバーっとやってくるんです(笑)

仕事をもらう効率を考えると大変だからやめたほうがいいとの声もあるけれど目的は周知。
知ってもらうのが一番ですので、そういえば餅をまいてるとこあったよねってつながってくれたらいいんです。」

 

カルチャー教室
地域の人が集うカルチャー教室&デイサービス。

 

–森住建では、地域の人たちが気軽に参加できるカルチャー教室も行っています。このカルチャー教室を通じて森住建を知るきっかけになる方も多いそう。

 

森社長:「カルチャー教室は岐阜支店をつくってからはじめました。岐阜市内では森住建の名が通っていないこともあり、まずはカルチャー教室として地域の人に開くことで気軽に利用していただければと考えたんです。カルチャー教室に参加する中で、森住建を知ってそこから紹介をいただくこともありますよ。」

 

一心差替え
他にも森住建では、デイサービスやほねつぎも展開。住まいだけでなく介護の面でも地域の人々をサポートしています。実際にOBさんも通っている方も多いそう。

 

 

社員全員が大切にしている信念「クレドカード」。

 

クレドカード


森住建では、社員の一員である以上最低限守って欲しい信条・信念が書かれたクレドカードを大切にしています。

 


森社長:「もともとクレド自体はあったのですが、大阪のリッツカールトンへ研修に行ったときに、クレドカードをみなさん持っていたんです。こんな風にカードにして社員が持てたらいいなと思い、クレドカードをつくりました。

 

このカードの根本の目的は社長がボケないようにするためなんです。売上が上がってきたり、社員が増えると、なぜか会社が変な風になることがあります。これは社長がボケるからなんです。お金にボケたり、儲かる方への判断をしてしまったり……。社員が間違えるのは、社長が律すれば治ります。でも社長がボケたら律する人がいませんよね。ですので、社長がボケないのがこのカードの一番の目的でもあるんです。」

 

クレドカード


森社長:「その次に社員教育。毎朝、朝礼で読み上げるのですが、ときには「なんでこんなことしなきゃいけないのか」「クレドカード読むのをやめよう」って声がでることがあるんです。「もう10年以上読んでて、なんで読むんですか?」って。「じゃあ一番最初に書いてあるこれできてる?」って聞くと「まだです。」って言うわけ。だから読むんだよって。

 

多くの社員は丸覚えしててみんな空で言えますが、できてるかっていうとできていなくて、できる人間になるためにやっています。そして、クレドカードは僕の中での判断軸でもあるんです。社長も人間だから、違うことを発言してしまうこともあります。だからこそ、社長もこれに従う。これに書いてある通りにやるようにしています。数年前に「その判断ってクレドに反してませんか?」って言われたことがありました。僕はハッとして、このカードのおかげで「俺が間違ってた!クレドの通りにやろう」と、素直に自分の発言を訂正することができました。」

 

森住建

 

森社長:「社員には社長が判断を間違えたときは、言ってくれと伝えています。僕もできるだけその判断にしたがって分かった!って言える人間でありたいと思っています。もちろん社員もミスをしたときに、クレドに書いてあるかどうかを判断軸にして欲しいと思っています。反省はしなきゃいけないけど、でも直せばいい。

 

お金の心配をして、お客様に黙っていればそれでいいとなれば、お金を儲けることが優先になってしまいます。森住建では、どんなときもお客様のことを第一に考えていきたと思っています。このカードをつくったからと言って、100%上手くいくとは思っていません。でも、つくったから今があるし、もっといいものがつくれる。想い描いた会社になれると思っています。」

 

 

家づくりを通して家族の幸せをつくっていく。

 

森住建


–最後に今後の展望についてお伺いしました。


森社長:「今後の展望は、よろこんでいただけるファンをもっと増やしていくことです。ありがとうって何年経っても言ってくれることって、お客様も僕たちもすごく幸せなことです。せっかく高いお金を払ったのに全然メンテナンスに来てくれなくて、たらい回しにされる方って山ほどいますよね。

 

でも森住建で家を建てた方たちには、一人としてそんな想いはさせません。なんで家をつくるのか。「家族と一緒に新しい住まいで、幸せな家庭をつくりたい」から家を建てるんだと思うんです。だからこそ、森住建では時代のニーズを的確に捉えた上で、家族が幸せになれる家づくりを今後も広めていきたいですね。」

 


今回森社長にお話をお伺いして、人を大切に想うからこそ、社員は「森住建で働きたい」お客様は「森住建で家を建てたい」と思うのだと感じました。実際、私たちも森社長のお話に感動をして、すっかりとその人柄の虜になりました。

 

お客様の顔が見える家づくりをしたいとの想いから、森住建を創業した森社長。その想いは社員一人一人に着実に伝わり、家づくりを通して家族の笑顔と幸せを守りつづけています。岐阜県池田町と関市の支店では森住建の家づくりを体感できるショールムもあります。ぜひ体感してみてください!